マウントポジション建設:余裕のない会社の末路

あなたの会社は大丈夫?マウントポジション建設

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※特定企業の実例ではなく、私が長年の建設コンサルで見てきた傾向をまとめた「ちょっとした読み物」です。

公共工事を「やってみたい」と相談してきた会社

十数年前、私の元に
「自社でも元請けを取りたい。公共工事を施工できる体制にしたい」
という相談があった。

工事書類、測量、発注者との調整、現場管理――
公共工事の一連の流れをまとめてサポートする形だ。

断る理由はなかった。
地元の建設会社の底上げにもなるし、人助けの意味もある。
私自身も建設工事を手掛けながら、同時に建設コンサルをやっている以上、力になろうと思った。

初めての現場は、約○千万円規模。
その会社にとっては大きなリスクだったが、
不足分を私が補うことで無事に完工し、十分な利益も残せた。

成長が止まり、焦りがにじみ始める

しかしその後、しばらく元請けの実績が伸びず、下請け中心の“踊り場”のような時期が続いた。

数年後、ようやく元請けで案件を取れるようになってきた頃、私は「妙な変化」を感じるようになった。

余裕を失った会社は、なぜか“マウント体質”になる

ある時、「本当はウチが落札するはずだったのに他社が取った」
と声を荒げているという話を耳にした。

適正な競争入札とは、あくまでも“積算と実力で勝負するもの”だ。
談合のような前提で話してはおかしい。

デフォルトが「談合」で他社を非難するのは
やめてもらってよかですか?

しかし、余裕をなくした会社ほど、
“取れなかった理由”を技術でも積算でもなく、
感情で語り始める。

さらに別の現場では、下請けに対して支払いを渋り、
電子納品の書類や図面を口実にマウントを取るようになっていた。(という噂を耳にした)

「聞いていない」
「思い通りにやってくれない」
「データが足りないから払えない」
そんな言葉が並ぶたびに、かつて一緒に汗を流した頃の姿が遠ざかっていくのを感じた。

技術は教えられるが、人間性は教えにくい

こういう状況を見ると、私は北斗神拳のワンシーンが頭に浮かんだ。

性根が腐っている弟子には奥義をお見舞いする――。

技術やノウハウは伝えられる。
だが、「人として」「会社として」の姿勢は、
教える側がどうこうできるものではない。

発注者が電子納品を求めていないのなら、
元請けが下請けに強制する必要はない。
ましてや、あとから
「データが足りないから工事費を下げろ」
など論外だ。

こうした行動が積み重なると、
会社の評判は一気に落ちていきます。

余裕のない会社は、内部から崩壊する

支払いの悪さ、管理不備への逆ギレ、現場の丸投げ。
そんな状態では下請けは離れる一方です。

新しい協力業者を探そうとしても、地域のネットワークは想像以上に狭く、悪いニュースはすぐに広がります。

支払いの遅れも、無茶な要求も、
すぐに知れ渡る。

「自分の会社は地域では中規模くらいだ」
と勘違いしている会社ほど危ない。
落札した瞬間からキャパオーバーが始まり、
内部から崩れていく。

最終的には、
あちこちに敵をつくって自爆するパターンは、これまで何回も目にしてきました。

実は“超大手”にも同じ症状が出る

余裕を失ったときの人間は、規模に関係なく同じだ。

・知識マウント
・必要以上のアピール
・大声でしゃべりながら興奮してしまう
・相手の状況を理解しないまま指示を押し付ける

しかし本当に強い会社は、むしろ静かで、落ち着いている。
そして・・情報を引き出すのも上手い。

技術者が口だけでアピールするより、黙って頭と手を動かした方が早いですよ。

真の競争は、落札後に始まる

入札までは“他社との競争”。落札した後は“自分との戦い”。

「もともと自分が取るはずだった」
というのは、談合時代の古い感覚です。

落札できなかったのなら、どこに差があったのかを淡々と分析すればいい。

そして、現場を取った後こそ本当の勝負だ。
安全、品質、利益――
これらをどう両立し、完成まで導くか。

そこに、
建設技術者としての本当の価値があります。

終わりに

余裕を失った会社は、
外に攻撃し、内部から崩れる。

しかし逆もまた真なりで、
余裕のある会社は、
周囲を尊重し、成長し、信頼を積み重ねる。

建設業は、結局のところ「姿勢」と「誠実さ」がすべて。
技術は後からいくらでも追いつくが、
失った信頼だけは戻らない。

MCOON

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